Satén養生記 最終話?「養生の日々は終わり。新たな幕開け」 | cafemagazine

Coffee Break

Satén養生記 最終話?「養生の日々は終わり。新たな幕開け」

By  | 

Satén養生記 最終話?「養生の日々は終わり。新たな幕開け」
 
 
ステキな数滴。

飲みたいものを作り、食べたいものを作る。
それが世界との接点になっている。

プロ意識を持ち、非日常の空間を演出する。それを理想としていたストイック期は西荻窪という立地でやる事によりイイ意味で破綻している。程良くゆるめに。
しかしながら基本が出来ていてこそであって、提供するものへのこだわりは忘れてはいない。

程よくラフに。これは店を継続させる上でかなり重要な要素なのではと感じる。
昔から存在する街の中華屋に当たり前の様に少年ジャンプが置いてあったり。店のオヤジがテレビを見ていたり、そんな抜け感も続けていくには必要だと感じている。
街の店ではラジオや懐メロが流れていたり、そんな訳でたまに邦楽を織り交ぜたBGMにしてみたり。
時計が無いので早朝は軽快に夕方に哀愁を。流れる曲で時間を感じている。
あぁ、あの人いつもこの曲のときだな。

新しいけど懐かしい。懐かしいけど新しい。
表裏一体。

ベルベット選び。我ながら正解でした。

日本の日常に溶け込むスタンドの型を模索している。自分の中では数年前から描いていたものが少しずつ型を成してきている気がしているのだが、まだまだ思索の途中である。

常に遠くをみている。辿り着くのはいつの日か。
お茶は日常に溶けこんでいて、それを新たに再構築する違和感は今の巷のカフェスタイルに対しての挑戦でもある。

西荻という街は私の日常以外のなにものでもない。
西荻窪は骨董品屋、古本屋、昔ながらの喫茶店、こだわりある個人店も多数ある面白い街で、何を生業としているのか謎の人も多く存在し、その個性がネオンの様に街をより一層輝かせているのだと感じている。

また、西荻窪の人たちは西荻窪が好きである。
西荻窪Tシャツが売れるのも納得だ。

余談ではあるが、休日に少しだけ練馬方面へ自転車で足を伸ばしてみると、ニャーという声が聞こえて振り返ってみた。

私は猫が好きであるからに、わくわくしたのだが、腰掛けている爺さんがニャーンと鳴いていたのであった。今年1番の衝撃でした。
何が言いたいかというとギリギリ均衡を保っている怪しさがこの街付近には漂っているのだ。それにただ酔ってる人もいる。

企業から個人店へ。以前から小さなお店での経験を積んできた自負はあり、特に違和感なくまたカウンターという戦場に戻ってきた訳であるが、以前とはまた違う悩みも沸いてくる。

コレが面白いもので、前職で得た知識や技術との葛藤のようなものだ。
そんな時、あれだけ苦労した育成の仕事や多人数でのミッションも意外と好きな部分もあったのだと気付かされる。
これから先を見据えると必ずまた機会はあるのであろうが、現状マンパワーで乗り切る型で連携やコミュニケーションの機会は以前に比べると格段に減少している。
その反面、対ゲストのコミュニケーションは格段に増えており、自らを客観視すると人見知りの自分にとってコレは興味深い事で大きな成長なのではと感じる。

と、真面目な事をつらつらと書いてしまいました。
これは反省。
この文章を書いてる場所は、街のはずれの人気の少ない空き地の土管の中です。ノスタルジック。信じるか信じないかはあなた次第。

兎にも角にも西荻窪という街は魅力的で、サテンがこの街の日常に少しだけ面白さを加えられたら幸いである。

さて、さて。
ちゃーでもしばきにいきますか。
 

太’’郎


 
 
 
 
会社紹介について

(株)抽出舎という会社を日本茶の小山和裕さんと共に立ち上げました。
長くバリスタという仕事に従事する中で、海外の模倣ではなく、新たな型を発信して行く必要性を感じ、日本の文化との調和、日常に根差した店作りを目指したいと強く思う様になりました。

日本茶、珈琲など飲料は水を介して抽出されるもの。
生きるには水でよい。人は何故、抽出という工程を経るのだろうか。
抽出とは水に愉しみを与える事、嗜好とは人を時に迷わせ輝かせるもの。

抽出舎では「水と共に愉しみ抽出を哲学する」という理念を掲げ、抽出を行う淹れ手として利を生み出し、継続させていく事を目指していきます。
店舗運営だけでなく、小売、店舗プロデュース、コンサルティング、トレーニング等、多角的に行っていく所存でございます。
 
 
店舗について
茶店、織物を意味する日本茶スタンド「Satén Japanese tea」。サテンには出会いやご縁を紡いでいく事、昔から日本の憩いの場として存在していた茶店(茶屋)を見直し、日本国内だけでなく海外にも新しい型を提案していけたらと思い名付けました。死語では無くカッコいい言葉として世代問わず使って頂けたらと思っています。
日本の古き良きものを見直し発信していけたらと考えています。
 
 
※今までのBLOG一覧
http://www.cafe-magazine.com/?cat=1511